ブログ名はまた決めます

何者でもない25歳男性がイギリス生活を綴ります。こっち来て思ってることを大体書いてます。英語で言語化できないストレスからでしょう。なので更新頻度は徐々に落ちていくと思われます。うまくいけば。

【ヨーロッパ放浪記】オランダ、ベルギー #1

フランスのノジエールという村は聞いていたよりも暑くなく、そして思っていたよりも田舎にあった。

そこで農業と酪農に励む日々である。

 

7月の暮れにロンドンでの滞在ビザが切れた私は、ヨーロッパを1ヶ月ほど放浪してから帰ることにした。もっとも金はないのであくまでも放浪ということにしている。

元々は他の日本人と同様に、ビザが切れる直前に日本に帰る予定だったが、将来のことを考えたくなかったことが由来してかチケットを一か月前までに取ってなかったら、円安や戦争などの世界情勢により到底買うことのできない値段になっていたため急遽そのまた一か月先の便を取った。そうなるとビザの都合上、一度国外に出る必要があった。せっかくならばと思うに至る。

 

差し迫る出国日に向けて身辺整理や仕事の引き継ぎを慌ただしく終え、フラットメイト且つロンドン生活の相棒であったマサキと30日の明朝、2年近く過ごしたロンドン北部の端くれにある家を後にした。

 

St Pancras駅からParisを通過してAmsterdamまで。

ユーロスターはとても便利だ。ちょいそこまでで国を一つ二つ駆け抜けていく。

 

昼前にはアムスについた。

基本的にこの放浪旅では場所を求めていく訳ではなかったため、チケットの予約はおろか予定をほとんど立てなかった。放浪できるのならどこでもよかった。直前であそこに行こうかここに行こうなどと思案するのがよかった。しかしその中でもアムスは僕の中では外せない場所だった。

魅力的な場所であるのはもちろんのこと次回もしワーホリするならオランダだと思っていたからである。英語が第二言語であること、ワーホリ後のフリーランスビザが江戸に結んだ日蘭通商条約がまだ有効で、取得しやすいなど理由はあるが、何よりも思い浮かべた時のイメージがよかった。

今思えば、ベルギーなど選択肢は調べればあったと思うが、結局のところ一番現実に即していたからに他ならないからである。

 

昼前にはアムステルダム中央駅に降り立った。

駅の前にはすぐ川が街中を流れており、川沿いにカフェやレストラン、ブティックなどが立ち並び、本当の意味で川をベースに街を作ったことが伺えた。

それを見て「マジでハウステンボスやん、、!」とマサキに言った。綺麗とかカッコいいとかの前に思えたほど、ハウステンボスが忠実にあの世界観を作り上げたことに感嘆したのである。

佐世保出身である彼も意見に同調していた。

ナイスな一枚

アムス名物サンド、レバーみたいなの入ってた

街の至る所で×××のマークを見かけた。店の軒先や、レストランのディッシュの旗、また人々のタトゥーや公営のゴミ収集車に至るまで街のあちこちで。

気になって調べると、これはアムステルダムの象徴ともいうべき市章であるそう。

キリスト教由来の説がもっとも有力だが、かつてアムステルダムを苦しめた三つの災いから街を守ってきたという誇りを表しているのが通説だ。火事、洪水、ペストの三つ

である。

今では、街に本拠地を置くフットボールチーム、アヤックス(敬愛する冨安健洋も昨シーズン在籍)の首裏にもプリントされている。余談だがオランダではシーズン期間中でもないのに地元チームのチームシャツを日常から着ている人が多かった。この後に行ったロッテルダムでもフェイノールトを着ていた人が多数見かけたのでオランダでは土着のクラブ愛が高いのだろう。フットボール狂のロンドンでも試合もない日にサポートクラブのシャツを来てソーホーを歩いているヤツがいたらそいつはちょっと変なやつか観光客で間違いない。

 

この街は夜にはまた一層違う側面を見せる。特にレッド地区と呼ばれる風俗街が有名で、そこには夜になると街が赤のネオンライトで染まる。通称飾り窓と呼ばれる窓に裸体に近い格好をした女達が立ち、目の前を通る客を誘惑する。日本の飛田新地を思い浮かべるとわかりやすい男性諸君も多いだろう。ここアムステルダムではセックスワーカーの権利が尊重されているのを感じた。地区の至る所にそのようなサインやセックスワーカーライツの像などがあった。これも一つの立派な文化であり、商業なのだ。愛されてこそないだろうが住民はそれを理解し文化として溶け込んでいた。もっとも彼女達の出身はオランダではなく、他国からの出稼ぎであり現実は色々と入り組んでいるのだろうが。金もないので歩き回って帰った。

 

そうして夜は更け、明くる日また違う街に。

 

将来住む街かもと街を歩いた感想としては、住むには上等という感じ。今回アムステルダムセントラルしかほぼ観光できなかったので実態は未だ掴めていないが、ロンドンよりアジア人は少ない、女の子は可愛い、スーパーは少ない量での個包装で売ってあるなどいいところは感じた。正直余裕で住むことはできる。しかし惚れ込むほどのスペシャルな何かを感じることはできなかった。住むだけのことにそんなのは必要かという議論はさておき。

もちろんまだ知らない一面があるのは当たり前だと前提に置いた上で、なるほどこういう感じねというくらいのフワッとしたままで心に収めといとくことにした。

その後いろんな話を聞いたがあまりいいイメージを持つことができなかったのは余談。

 

それにしても素敵な街であることに変わりなく、ここでゲントピックスをダンプ。

自転車がたくさん。ここにあるのは盗られてもいいやつだそう。

真ん中にいる男こそマサキ

勝手に親子だと思っている

ただ本を読んでいるだけなのに

友人のおすすめ。なるほどイケている

郊外の朝コーヒー。カフェならずして旅ならず

 

次の街、ロッテルダムへ。アムステルダムからはバスで2時間ほどだっただろうか。この旅の移動は基本バスで行く。都市間をFlix busという格安バスが運行していて3000~6000円くらいで国境を越えれるし、深夜バスを選べば、宿代も浮いて寝て起きると目的地に着く。

 

ロッテルダムという街は、オランダ第二の都市で、モダンなビルや建造物が立ち並ぶ。なんでも世界大戦時にナチスドイツによって街が破壊されてしまったため古い建物は残っておらず、新たに都市開発をしたとのことだった。欧州でも指折りの港湾都市であるため狙われたのだろう。都市規模こそ違うにすれ、東京を思い浮かべた。

街の中心から港まで歩く。歩くことでその地の風土やリズムを感じることができる。ヨーロッパの夏はそこまで気温は高くないが、日差しが強い。1時間か2時間ほど歩いたら小型の遊覧船に乗った。

港とはいえ、川である。オランダは国土の多数が海抜マイナスに位置しているため、川や水のたまり、海が混在している。川を逆流して1時間。目的地へ着いた。

 

大きさは3階建てのビルほど

キンデルダイクという村なのだが、古くから残る風車小屋が立ち並び風光明媚な場所として人気である。ワンピースのルフィの出身であるフーシャ村のモデルとも言われている。

オランダにおける風車の主な役割は’水はけ’のためである。海抜がマイナスであるからがして古くから浸水や洪水などの水害に苦しめられてきた。そのため水が溜まりやすい箇所に風車を設置して水をかき揚げ海に流れている川まで放流するというのだ。初めこの話を聞いた時理解ができなかった。水たまりといえど湖以上に大きな水がそこにあり、どうして古代の風車ごときが低いとこから高いところへ水をかき揚げれるのかと。仕組みは単純だった。一つの風車が揚程1m〜2mほどだそうだ。そして少し高さの高い水たまりに流す。そしてそこからまた風車で上にあげる。それを繰り返す。川に連なる風車は数十センチ高さがそれぞれ違うらしい。それを風車小屋をバカほど作れば水害を減らせたというわけだ。電力もない時代に風の力だけで、、先人達は偉大だ。

これいいよね

風車を一つ一つ見ていくとそれぞれ雰囲気が違うことに気づいた。おそらくそれぞれに担当者なりがいて住んでいたりしたのだろう。「俺は3番風車の〇〇というもんだけれども‥」などというジイさんを思い浮かべておかしくなった。また新しいスクリューを開発して揚程を1m上げることに成功したジイさんの銅像があったりなどして当時に思いを馳せるとなんとも愛らしい気分になった。

 

こっちは絶対に運転が上手いジイさん

最終便で村を後にし、都市へ戻った。ロッテルダムに来てみてより身近に住むことを想像できた。深夜に道を歩いていて人が近づいてきたら少し身構えたものだが、近くまで来ると、地元ロッテルダムボーイ、ガールだったことがほとんどでこの時間に出歩けるならばと治安の良さを感じた。ロンドンに住み慣れてしまったことの弊害の一つであろうが、得体の知れない黒人やアラブ人は’まだ’ここまできてないようだ。オランダと言えば、怪しげな草やキノコが合法であることが有名である。街の至る所で「コーヒーショップ」を見かけた。詳しくはここでは書かないが気になる人は会った時に聞いてみてほしい。

 

バスで国境を越え、ベルギーへ向かった。マサキの気に入っているアントワープで一度降り立ったが私は別の街に興味があったため、夜にアントワープで再開することを約束し、1人ゲントへ向かった。ゲントとは無論ベルギーの都市の名前である。どんな街かは知らなかったが、僕がゲントという名前で生を受け、その名と同じ都市があるのなら惹かれるのは当然ではないだろうか。また生まれてこの方同じ名前の人間に会ったことがなかったからゆえ、仲間にあったような、そんな感覚がした。

 

結論から言うとゲント最高だった。さすがゲントとしか言いようがない、あっぱれである。

ゲントでのんだエスプレッソトニックシトラスドラフトはブリリアントだったし(僕らはこのドリンクには目がない)、ギルドハウスと呼ばれる建物は荘厳でかっこよかった。

 

ゲントナンバーワンドリンク

中世の街並みが残る。この雰囲気は他の国のどことも違う

 

 

この場所で僕は友人から託されていた習字箱を用いてストリートパフォーマンスをやった。内容はシンプルであなたの名前を半紙に漢字で書きますよ。と言うもの。日本人なら誰でもできる。がしかしここではそれがレアでクールなものになる。ベルギーはストリートパフォーマンスに寛大な国だそうで、事前の申請も必要ない。そのため街の大広場で広敷を広げて堂々とやった。ただ一つ注意点があり、例えば一枚5ユーロです!としてしまえばそれはパフォーマンスではなく路上販売になってしまうため、あくまでもチップ制にすることにした。20,30人に1人が立ち止まってくれるほどだろうか。2時間で22ユーロ稼ぐことができた。一度だけ奇妙なことがあって、通りすがる人々を見ながらボーッとしているとイスラムらしきヒジャブを被ったおばあさんが合計1.6ユーロコインをボックスに入れてウインクして立ち去ったのだ。咄嗟のことで反応できず、何も言えなかった。あれは何だったのかお恵みなのか(パフォーマーに?)、中途半端なコインだし何か意味ありげ?よく噛み砕けなかったが神からの恵みとして感謝した(どの神様にお礼を言おう)。

デビュー戦、立ち上がりは上々その後失速

総じてゲントは最高でこの街と自分がさらに好きになった。店員や出会う人全てに僕の名前もゲントって言うんよ!て話した。勢いでアイラブゲントTシャツも購入した。そのTシャツをどこかの宿に忘れてしまったのは痛恨の極みである。

俺も愛しているよ

 

アントワープでマサキと合流して歴史あるカフェと呼ばれる実質パブかレストランで食事していると隣の老夫婦から話しかけられ共に夕食を取ることに。二人は近くに住んでるようでベルギーのこと、旅のこと、しまいには人生について語り合った。貧乏で大変なんですというと若い時はそれを楽しめればいいじゃないか。と笑ってくれた。毎週末夫婦で決まって外食に出かけるらしい。仕事を引退してゆっくりした人生を謳歌しているようだ。彼らの優しさからは彼らの人生の濃密さが伺い知れた。そのためあの優しさを持っているのだろう。そして毎週末2万円の夕食を取る。何ともラブリーである。

ワンピース激似のキャラクター絶対にいた。うまく思い出せない

一日パスを購入してチャリで街を駆け巡った。旅のススメとしてあてもなく流れるように歩いたり自転車を漕いでみることはおすすめしたい。とても気持ちが良い。

 

アントワープのエロ川

新鋭的夕食


そうして1日を終え、次はドイツ、そして旅のメインであるフランスに向かう。

しかしドイツはただデュッセルドルフの混浴サウナに丸一日いただけなので割愛する。(いかがわしいものではない)がしかし人生で一番のレジャー施設を体験したことは間違いない。デジタルから離れゆっくりと非日常的なリラクゼーションを受け体を労わることができた。気になる人がいたら聞いてくれれば嬉々として話すだろう。

 

それでは次は南仏農業編!チャオチャオ!

 

【旅行記】北イタリア

滞在ビザの期限が半年を切った2月、イタリアへ向かった。

 

目的はアルプスでのスキー。スキーなんてやったことなかったのだが、スキー好きの友人達と一緒だったので快く誘いに乗った。

元々はスイスのシャモニー付近のスキー場でユーロ最高峰モンブランを望みながらアルプスを滑走するプランだったがスイスの物価は僕たちの予算を押し潰したので、イタリアに変更した経緯がある。

 

実はイギリスでもスキーはスコットランドで出来るようだが、イギリス人にも知られていないようだった。それも同じかそれ以下の価格でイタリア、フランスで滑れるのなら皆そちらに行くだろう。

 

ヨーロッパにいるメリットの一つとしてヨーロッパ内の旅行が破格の安さだということ。格安航空を使えば、短時間低価格で飛んでいくことができる。

今回はロンドン ⇄ ミランで約6000円だった。往復で、である。

 

未明2時に家を出て London stansted 空港に向かい6時の便に乗った。こうすれば朝の9時にミランにつけるので宿泊費を抑えつつ観光の時間を捻出できる。

 

全くのたまたまであったのだが、ミラノ・コルティナ五輪と日程が丸かぶりで街中に軍隊や、警察がたむろしていた。(特に仕事をしてるような感じではなさそうだったので)

とはいえ日本で感じるオリンピック熱気は現地で感じるものとはギャップがありそうだった。

なぜか封鎖している道路とそんないらんだろ警察

 

在ることで意義を成している。とでも言いたげ

ミランの街中は思ったよりも汚くて、都市規模としても小さかったのに少々驚いた。

やはり今のヨーロッパの主要都市にはどこにも移民はいるようでそれが原因の一つだということはすぐに見てとれる。

また道路などのインフラや建物の老朽具合が芳しくなく、経済が弱っているイタリアを感じることができる。ミランはイタリアの金融・経済の中心とチャッピーが言っていたのに。

どことなく東欧

観光地であるDoumo di Milanoや周辺のメインロードは観光客でごった替えしていた。

ミランでの滞在時間は夕方までと短く、その時間までを目一杯楽しもうとミランにまつわる友人達から教えてもらったおすすめスポットを巡ったが、まだ好きなミランを見つけることはできなかった。また次の機会に。ティラミスとジェラートは絶品だった。

なかはトロトロクリーム

ピスタチオで外したことはない

特急電車に飛び乗り、アルプスの村バルドネッキアへ。

2006年トリノ五輪で会場の一つとなったこの地はスキー地として名を馳せる。

スキー客しかいない村

中学の学校行事以来で滑ったので転けまくり。アルプスまで来て初心者のやつは他にいなかっただろう。3、4歳の子供達が転けてる僕を横目に駆け抜けていく。逞しい、そのまま大人になってね。

画面でしか見たことがなかったアルプスがそこに

ゲレンデの飯とビールは旅のハイライト

スキーを終え、村に泊まった後近郊の都市であるトリノへ向かった。

疲れた体を癒しにスパにいくのが目的だった。

知らなかったのだが、トリノは旧イタリア王国の首都であったらしく、その風格と魅力を持っていた。街全体が旧市街を思わせる雰囲気で、京都のように区画が整理されていた。歩いているだけで心躍りシャッターを幾度も切った。

 

18世紀から続くクラシックカフェ。著名人も通ったという

 

そこら中のお店がSALDI(Saleの意)。経済、、

 

 

夜中にこの街角を恋人と逃避行したいよねと友人に言ったけど理解してもらえなかった。

 

ヨーロッパで疲れた時、時間がある時におすすめなのがギャラリーと教会だ。

カフェだとお金がかかるし、夏なら良いが公園は寒い。

教会は中でもおすすめで誰にでも開かれていて、ゆっくり座ることができるし厳かな雰囲気が疲れた心に新鮮さをもたらしてくれる。

予期せずミサの時間に行ってしまって訳もわからず十字架を切ったり、信者達と微笑みを交わしたことが2度ほどあるが、それも悪くない。

今回も街角にひっそりと佇んでいた教会にふらっと促されるように入ると装飾の絢爛さに圧倒された。僕らの他には誰もおらず、蝋燭の火が揺らいでいただけだった。

 

カトリックの教会は装飾にこだわるのでただただ息を飲むばかりだ。

 

【写真で一言】  美味すぎ。

ピザは食べた、エスプレッソも飲んだ、ワインも飲んだ、オリーブオイルもかけた。

ばってんパスタがまだやもんね。

次は南の方へ。

#15 Guy Fawkes night

ブログを更新していなかったここ数ヶ月ですが、何もなかったわけではなく、いろんなことがありました。

 

自転車のライトを3回も盗まれたり、酔って自転車に乗って転けて鼻に傷を負ったり、フランス人の女の子とデートしてる時に車道側を歩くのがジャパニーズスタイルなんだよと言うとワールドスタンダードねと言われ赤っ恥をかいたり。

 

そんな中で先日ガイフォークスというお祭りに行ってきました。

11月5日は Guy Fawkes night というイギリスの祭日にもなっているこの日。この夜は各地で花火が上がります。とはいってもゲリラ的に誰かがどこかで適当に花火を打ち上げてるだけなので、ロンドンでは騒々しいだけのこの日だが、どうやらLewis という街に行けばBonfire nightという名に変わるらしい。名前がよい。ボンファイア。果たして何を見せてくれるのか。

期待感を胸に電車に乗り南へ向かった。

Lewisにあるニュートンの親戚の庭(公園)。

日本人には聞き馴染みが深い、ブライトンのすぐ上に位置しているLewisは中世の街並みや文化を色濃く残しており、それもあってかGuy Fawkes night の本場となってるようだ。

 

1600年頃、カトリック教徒であったガイ・フォークスはプロテスタント主導の王国の転覆を狙って王と政府要人の殺害計画を立てていた一派の主要人物であり、英国史上最悪の反逆者として知られている。計画は実行手前で密告され失敗に終わり激しい拷問と酷い処刑が行われた。それ以降イングランドでは彼の死を祝う、慣習が今でも残っているそうな。花火や篝火をたき街を闊歩し最後にガイフォークスに見立てた人形を燃やす。

 

日常でよく使うHey, guys のguyの語源は彼だそうな。

 

その中でもLewisはプロテスタント教徒が十数人殺害された事件がガイフォークス以前にあり、そういった歴史的な背景から規模、伝統、政治性が全英随一である。

街は文字通り封鎖され昼下がりごろから電車も駅に停車しなくなる。(これ普通になんでだ?)

そのため仕事終わりそのまま夕方に合流予定だった友人の1人は一度ブライトンまで行ってバスで向かうハメとなった。

 

ロンドンから1時間ほど、昼過ぎにLewisに到着した。困ったことに祭りの情報が少ない。下調べもじっくりみんなとやったがホームページなどまとめサイトなど日本ならありそうなものがまるでなく、わかったことといえば六つの各協会ごとに行進とセレモニーが行われるということ。主要協会のセレモニーは盛大に行われるので、有料チケットが必要で22時から始まるということだけだった。行進のルートや細かな情報が載ったパンフレットはネットにはなく、街の観光協会かPubやお店でのみ購入できるかも。といったことだけだった。RPGかな?

街自体もとても小さく数時間あれば見て回れるような規模である。

目星をつけていたビンテージショップや遺跡、カフェで時間を潰そうと考えていたが、祭りのため全てが閉まっており結局、街を話しながら歩くことに。そうしているといかにもな衣装をくるんだ人たちが街に現れてくる。子供も大人も。

このセーター、売っとるなら買わせて

Pubでひと段落、酒を飲むことにし(選択肢はない)、パンフレットがあるか尋ねると、現金のみだと言われ買うことができなかった。

「マジでー?」と言っていると隣にいたおっちゃんから「彼らは街中で歩いてるからどこでも見れる。耳栓持ってきたか?爆竹が凄まじいから」と教えてくれた。

 

耳栓は持ってきてない。

 

辺りが暗くなり始めた頃、通りに篝火が見え始め、どこからともなく音楽とガラガラと何かを引く音が聞こえてくる。各協会のコンセプトに沿った衣装を纏った団体がマーチングを引き連れ、歌いながらやってくる。

 

 

持っている火が弱くなると道に放り投げ、新しいものに代える。

ガラガラと音を立てていたのは、それらを回収するソリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん全員参加

 

 

 

Guy Fawkesも400年も市中引廻しされるとは思ってなかったはず

そのまた昔はその当時世間から嫌われていたような人物の人形を燃やしたりなど政治色も強く、暴力的な側面もあったようだが今は平和的に行われている。

マーチングが街を三周か四周したころ、街に人はまばらになり、各協会の催しのため指定された広場や運動場に集まる。僕らが行ったのは一番の規模を持つ協会のセレモニーだった。そこにはビル3階建てほどの木造モニュメントがありてっぺんにはガイフォークスが縛り上げられていた。

時間になると人々が一斉に松明をそれに向かって投げ、たちまち火が燃え移り、巨大な火柱を立てた。

 

 

その後司教のような格好をしたおじいさんとおばあさんが楼台に上がりスピーチが始まるとそれ目がけて民衆は爆竹を投げ始めるではないか。それらをおじいさんたちが必死で持っている台本だか何かで打ち落としている様はなんとも面白かった。

言ってる内容はわからなかったがガイフォークスに見立てているのか?また昨今の政治ジョークも言っていた。僕らの後ろに反王室ニキが声を荒げていたが周りは気にしていなかった。

最後に花火ショーがあったが、あれほどあの規模の花火を近くで見るのはおそらく人生で最後だろう。火の粉が降りかかってきていて友人は怖いと言っていたが、僕はあまり気にしなかった。お開きとなった頃には0時前になっており、Uberでブライトンの宿まで帰った。

 

消防がどこにもおらんのやけど?それをずっと心配していた。

 

日本ならもっと安全管理が徹底されてて、アクセスも便利で安心安全に楽しめる、いわば商業的である。ここではそうじゃない。

この荒削りさが好きだ。これでもいいや、そう思える。

もっと自然に文化として入れ込める気がする。そのいい加減さを楽しむのだ。

 

ギネスみたいな地元ビール

 

 

花火を見る前の僕らは遠すぎと文句を言っていた

 

 

こいつは買えばよかった

最近気づいたこと

 

・人間関係はその人がどうかというよりはその人といる自分が好きかどうか

・音楽を聞かなくなった時は、メンタルが弱っているので詰まるところ音楽は必須

・いい負荷と悪い負荷がある。悪い時は時間が溶ける。

・自分は意外と女性的思考を持つ側面がある。性別的なことではなく、思考回路の話。具体的にと言われれば難しいが、まあ例えばこんなことをブログに書くこととか?

 

あなたはお茶の何が好きなの?

元々僕はコーヒーが好きだった。

20歳そこそこの時、皆が喫茶店やコーヒーを飲み始めるように青二才はこのコーヒーの味わいと、喫茶店という文化に惹かれていた。

僕よりも先にコーヒーを好きになったやつが友人の中にいて、彼は珈琲道具を持っていたし、どこかの本に書いてありそうな知識も持ち合わせていた。

彼の影響で、福岡内のカフェ巡りをやったのがキッカケで様々な珈琲、マスターと話す機会があり益々コーヒーに入れ込んでいき、いつの間にか家には道具が一式揃うようになってしまった。

当時エンジニアとして働いていたが、将来を全く見通せなった僕は、好きを仕事にしようとコーヒーで一旗上げることを考えたが、カフェ開店というありきたりな発想にはなりたくなくて、もやもや考えていたが、ある日ふとコーヒー農園を日本に建てよう!という考えに至った。

 

その当時、ある人のたまたまとも言うべき人の縁で、ある業界では有名な焙煎士の方のワークショップに通い詰めており、僕の意見を彼にぶつけてみた。僕は彼の著書を熟読していたし、業界の仕組みを調べた上で農園を建てたいと本気で思っていた。そうやって彼に言うことで褒められるんじゃないかとさえどこかで思っていた。

 

初めは面白いねとウンウン頷いていたが、話が込み入ってくると、それは無理だと言われた。経済的な問題である。それに若くてやる気があるやつは珈琲なんかやるな。と言うではないか。もう既に珈琲の文化は行くとこまで行っている、言わば伸び代がないらしい。サンフランシスコからもたらされた日本の喫茶文化は独自に日本で発展を遂げ、業界として飽和しているとのことだった。

 

あんたはお茶をやんなさい。その後に言われたこの一言が僕の運命を変えることとなる。

 

紹介してもらったお茶農家は、そこは福岡県八女市黒木町の秘境とも呼べる山間の中にあった。そこのお茶農家は特殊で自身らが取り扱っているお茶は一切JAに卸さず、自分たちで栽培から加工、販売まで行っているところだった。JAに卸さないということはJAの農業サポートを受けないと同義で自己の思うままにお茶の生産を行っていた。

一番違ったのは完全有機農業であると言うこと。50年以上、オリジナルの堆肥を創ってそれらを蒔いて育てた土壌は栄養が豊富で発育が全く違う。それらは味にも濃く現れる。

また茶栽培では常識である、かぶせ、防霜ファンなどがなく、加工方法も全くオリジナル。それでいて明らかに今まで飲んできたお茶よりも美味しい。その農園の生産法を独自で確立していた。そのスタイルがカッコよくて気に入った。

お茶で有名な八女で生まれ、幼少期から両祖父も茶畑をやっていたが、特にお茶に対してプライドだったり思い入れはなかった。

ただ改めてお茶に良さに気づいた時、それは逆に僕の扉を開いた。まさにそんな感覚だった。自分のバックボーンに通ずる、日本の八女の、みんながまだ知らないお茶の魅力。それは製品の99%を輸入に頼るコーヒーにはない。f:id:gen-dragon:20250826081912j:image

 

お茶を淹れる時間、かわいい茶器、本当においしいお茶を飲んだ時、ん?お茶って美味しくね?と感じたあの瞬間をいろんな人に知ってほしい。

農業をやるのも面白そうだけど、まだお茶に対する需要って少ないと思う。

特に若い世代のお茶への関心は低く、それをかっこいい文化に昇華したい。お茶っていいよね。ってキッカケになるものを作りたい。そして需要を伸ばせれば地元活性にも繋がるんじゃないか。

 

その後にお茶づくり出来たら面白いかも。

夢だけはキャンパスに描き放題。

 

ただ正直なところ何をやれば、どーいったことをすればいいのかわからなくなってきた。

 

今は壁にぶつかっているが手探りだけど思いつくままにやってみよう!と言うマインドになっている。

 

自分が楽しいもの、かっこいいと思えるものを追求する。じゃないと意味ない。

#14 チーズ転がし祭り

こんにちは。

チーズ転がし祭りに行ってきました。

時系列的にはだいぶ前の話ですが、その振り返りでも(ブログ投稿サボっていた)。

 

今回はライト目に行こうと思いますので容赦願います。

 

みなさんご存知であろう、チーズ転がし祭り。イッテQにてお祭り男宮川大輔が大活躍したあのお祭りです。と思いきや知り合いの20前後の子達は知らない様子。。

逆に僕以降の年齢の人たちはみんな知ってた。放送時は小学生だったから知らないのも当然か。年取ったかもと感じた数少ない瞬間です。

 

その祭りは、とんでもない急勾配の坂をチーズを追いかけて坂を転がり落ちていく男たちのレースである。

幼少期に見たあの映像は衝撃的であり、この祭りに行くんだ〜と友達たちに言うと「え、あの!?」となるくらい。

 

元来楽観的な性格をしている僕でもケガだけは怖いなと思い、近くの坂がある公園で受け身の練習をして備えた。

 

お祭りの舞台はロンドンから車で西に1時間半ほど向かった先にあるGloucesterという街の外れだ。レンタカーを借りて有志の友人たちと向かった。

 

三月末のイギリス南部はまだ肌寒かったが、初めてのイギリスドライブで胸は弾む。

 

街に差し掛かると既に渋滞に巻き込まれた。こんな大きい祭りやったん?

予想と反して大きなお祭りだったみたいで会場に着いた頃には既にレースは始まっていた。

この斜面見てよ

観客はおよそ1、2万人はいたと思う。BBCのドローンが生中継もしていた。

特に坂の左右の森の中には人が鬱蒼としていて登るのに大変だった。なおもちろんのこと祭りのために整備など何もされていないよ☆

レースの参加方法だが、レース開始時間に丘の上に集合!とのことだったので必死こいて登ったが、友人2人は戦線離脱。

俺ともう1人で頂上を目指すも阻む斜面と人だかり。

やっとこさ着いたものの身動き取れず。ここで参加を断念。

正直にいうと丘を登ったところであまりの急斜面にビビり参加を躊躇っていた。

 

その結果、、

同居人のマサキと

Photo by Take

この作製したお祭り男Tシャツも、レンタカーも山を登った労力も全てこの写真のためじゃないかと言えるほどのものを彼が撮ってくれたのでヨシ!とした。

タケくんは友人のフォトグラファーです。上のストーリーの彼です。クレジットとして残します。チェケラ!!です。

 

来年にリベンジを誓い、丘を後にした。(ホントは怖いので行くかは不明)

 

帰りに寄ったCotswolds

 

#13 週3でジム行きたい

お元気でしょうか。

 

久しぶりなので何から話そう、体調がすこぶるいい話と天気がとてもいい話、どっちにしようか。

 

冬のあの頃とはえらい違い。そのため今のロンドンはだいぶ調子良い。

自転車に乗って風切って走ってる。サングラスとAirpods。

朝活と称して公園で寝る

移住してきて半年経ったものの感想としてはもう半年??というのが正直なところ。

 

わかりやすく変わったのは今のカフェでAssistant Managerになったことだ。

言わば店長のような感じでお店の現場の管理を任されることになった。

昇格したというよりみんながいなくなったから繰り上がりに近いとこはあるけど、お店のために奔走するのは案外悪くなくて週5でせわしなく働いている。

 

こういう仕事がしたい!というのが明確にあるのだけど実現が中々難しくて、その道筋をどう辿ろうかなーとモヤモヤ。

 

イギリスに来る前はいつの日か何のためにイギリスに来たんやろって悩む時は来るだろうなって思ってたけど、そっちではなくてやりたいことやれとるかなと考える。

よくhiphopで聞くフレーズ、俺もその境地に来てしまった。

 

ロジック的に見てみよう。

 

マズローの言うところの黄色と緑らへんくらいに今の僕はいる。

確かにこうみると悩みの段階が上がっていってるのがわかるな。来たばかりの頃は本当に一番下からのスタートだったわけで。

コミュニケーションが取れるか、仕事見つけなきゃ、家はどうする。電車どう乗るのかぐらいの。

こうみると俺成長してるやん!よかったー少し安心。

少しずつ階段登っていたのか。しかしどうしても上手くやっていそうな周りと比べてしまったり、理想と現実のギャップに苛まれてしまう時がある。

 

何が書かれてあるんだこの本には、、

 

そんなこんなで半年経っちゃった!という焦りもある。

やりたいことめちゃある。服買いたい、遠くへ行きたい、ネイティブの友達欲しい、英語でペラペラ喋りたい、イベント行きたい。

 

いろんな価値観に触れてみたい。もっと。

 

carboots!!

いろんな価値観に触れるという意味では今のところ成功していて、こっちに来て死ぬほど刺激を浴びている。

 

最近で言うと音楽。

音楽はだいぶ聞いてる方だと思うけど、音楽の固定概念を最近またぶっ壊された。

それがJazzとTechno。両方とも前から聞いてたけど、触りにしか過ぎなかったみたい。

それぞれその中にも幅広いジャンルがあって聞けば聞くほど底が見えない、海に浮かんでるよう。それぞれの音楽に対する既存のイメージがぶち壊れまくってワクワクが止まらない。

こんな音楽あったとかい!って言いよる。

 

ロンドンでは音楽にも開かれてる街でたくさんイベントやってるからチャンスがゴロゴロ転がってる。

 

 

なりふり構わずあまり計画なしでその時の衝動ややりたいことに直進してきたここ数年だったが、もう少し咀嚼と計画性を持とうと意識することにした。

 

資源は有限だからである。そこの取捨選択が人生を変える気がする。とはいえ臆病にならないように。 Don't be coy, boy.

 

フリーライターやってみたいんですけど面白かったら仕事ください。(^-^)

 

good vibes. my river lee

chin up for next

young star

kottimo my river lee

 

#12 communication issues

いつもとは違うスタイルで。

衝動的に書いてみる。

 

英語で生活してる上で感じたこと

 

いろんな国の人と英語で話す。

その英語は正しい英語とは限らない。ネイティブからビギナーまで様々いる。その点が日本とは違う日本は全員ネイティブ。なのでいろんな前提条件が壊れる。

少しのニュアンスの違いで意味が全然変わってくるように、時々間違う。間違ったことにすら気づかず話し続けるし、相手も自分が話している英語はもちろん、聞いてる英語も正しい英語かわからない。もしかしたらものすごくカオスな会話をしているのかも??そもそも正しい英語ってなに?みんなこの状態なら、今聞いたりしている英語がスタンダードになっているのではもはや。

英語って言語が世界一グローバルな言語なのでこういう障害もあるよね。

 

日本語で例えるとすれば、中々そんな場面に出会したことはないが、仮に日本に来たばっかで日本語が辿々しい外国人がいるとする。彼らと話せば、君の日本語のここが間違ってるよ。と言えるが、そんな彼らがお互いに話すと間違いまくってる日本語同士で話すことになるだろう。そしたら新しい言い回しやニュアンスができるだろう。

そんなやつらが国の人口の6割いたらどうなる?日本語に革命が起こるやろ。

本当に自分の意図してることが相手に伝わってるか疑心暗鬼にならない?逆もやけど。

そいつらも全員違う文化とバックグラウンドを持っているときたらそれはもうカオスだよね。

それが今のイギリスです。

フラットメイトの誰かがしてくれてる

そんな状態で相手もどのくらいの英語レベルかもわからないまま国籍が違う相手と話すことになるのでコミュニケーション障害が時たま起きる。は?なんでそういうことになるわけ??みたいな。そもそもの常識だったり、思考回路が違いすぎて戸惑うことが多くて人間不信になりかけることも。英語力が少しずつ伸びてきてこれに気づけるようになってきた。今はこの段階。

話が通じないのは、思考回路の問題なのか、文化の違いなのか、それとも英語コミュニケーションの問題なのか、はたまた全部か。

表面的にはわからない。

 

相手から見たらこちらが非常識側か。

どうすればよいのやら。とりあえず英語力を上げてコミュニケーションをスムーズにできるようにしないとな。世の中のいろんな問題はシンプルではないのだ。大学生が世の中はこうあるべきだと語ってもなかなか世界が変わらないのは当たり前で簡単に行くのならそう苦労はしない。

わかった気になってるやつが多すぎる。

自分も含めて、自戒をこめて。

 

と、つらつら書き連ねたが、そんな色んなものが違う僕らが同じ感情や想いを共有できた時の嬉しさったら計り知れない。同じやんか〜ってなる。

そうだ、世界は思ったよりも残酷だけど、素敵でもあるのだ。

 

もっともっと世界は広がって行く。

近くの八百屋露店は調子いい

proud of Japanese Anime

車検とかないと?

lovely bike road River Lee